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喘息を克服したアスリートたち

二宮清純のゼンソク人間学

シリーズ2Vol.11

前半

治療がもたらせたメダル

元競泳選手 寺川 綾さん(ミズノスイムチーム) /
横浜市立大学大学院医学研究科 呼吸器病学 主任教授 金子 猛先生

“味”があった銅メダル

元競泳選手 寺川 綾さん

「オマエ、そのおにぎりの味がちゃんと分かるか?」
2012年のロンドン五輪競泳女子100メートル背泳ぎ決勝前、寺川綾は師事する日本代表・平井伯昌ヘッドコーチから不意に声をかけられた。寺川は腹ごしらえにおにぎりを食べていた。
寺川は最初、平井の質問の意味をはかりかねていた。いったい、何を訊きたいのだろう……。とはいえ目が合った以上、言葉を返さないわけにはいかない。
「はい。梅の味です」
「そうか、じゃあ大丈夫だ」
平井は小さくうなずくと、ニコッと笑った。寺川が悲願のメダルを胸に飾ったのは、その直後のことだ。
なぜ平井は、おにぎりの味を訊ねたのか。寺川が、その理由を知ったのはロンドン五輪が終わってからである。
「初めて出場した(2004年の)アテネ五輪での(200メートル)決勝を恥ずかしいことに私は何も覚えていないんです。レース前に泣いていたらしいのですが、そのことさえ覚えていない。決勝に残ることが目標だったので、準決勝が終わってから次はどうすればいいのか、分からなくなってしまった。不安で不安で、夜も眠れないような状態でした」
その様子を遠くから心配そうに見つめていたのが平井だった。本番前、血の気のない顔でおにぎりを頬張る寺川をいたわるように平井は訊ねた。「その、おにぎりの味がわかるか」。当時、19歳の女子大生は下を向いたまま、何も答えられなかった。
再び寺川。「平井先生から声をかけられたことも覚えていないんです。それどころか、決勝前におにぎりを食べたことすらも。つまり決勝前からの時間帯は、私にとって今も空白のままなんです。後で分かったのですが、8年後、平井先生が私に同じ質問をぶつけたのは、私の精神状態を確認するためだったんです」
アテネの記憶がすっぽりと抜け落ちているのに対し、ロンドンの記憶は今も鮮明だ。五輪には魔物が棲んでいるという。棲み処は心の中だったのか。喘息を乗り越え、五輪の魔物にも打ち克ったメダリストの経験に学ぶことは少なくない。

二宮清純

発症で始めた水泳

二宮: 寺川さんが喘息を発症したのはいつですか。

寺川: 3歳ぐらいですね。

金子: 小児喘息は3歳頃までに発症することが多いです。

二宮: 私も3歳です。水泳を始めたのは症状を改善するためだったとか。

寺川: そうですね。最初は特に冬場など練習をしていると苦しくなってプールから上がって休憩することが多かったです。徐々にトレーニングに慣れてきて体力がついてくると、大きな発作はなくなりました。

二宮: 競泳選手の中には喘息発症をきっかけに水泳を始めた人が少なくないですよね。

寺川: すごく多いです。自覚症状はなかったけど、代表レベルになって検査をしたら、喘息だと判明した選手もいます。全体の半分くらいは喘息患者なのではないでしょうか。

金子: 半分とは驚きです。水泳は小児喘息の患者さんには適した運動と言われています。特に冬期は、屋外の運動では気道が乾燥し冷されるので、運動誘発性喘息を起こしやすくなりますが、屋内の温水プールは、室温や湿度が高く、運動誘発性喘息を起こしにくい環境と言えます。適切な治療を受けながら、水泳に取り組むことで、体力の増進、呼吸筋力の発達に役立ち、発作を起こしにくい体を作ります。そして、発作の恐怖から解放され自信にもつながります。

薬から逃げていた

二宮: 競技をしていて症状が出て苦しんだことは?

寺川: 当初は薬が嫌で、頼らないようにしていたんです。だから、吸入薬を使い始めるまでは練習中は常に苦しい状況でしたね。でも、それは喘息のせいではなく、トレーニングで苦しいんだととらえていました。

金子: どうしてそんなに薬が嫌だったのですか。

寺川: 薬を使って治して強くなるというのに、私の中では抵抗感があったんです。

金子: 薬はあくまでも本来の力が出せるようになるために必要で、薬を使うことに何も後ろめたいことはありません。治療を受けないために、実力を出し切れていないアスリートがきっと他にも沢山いるかも知れませんね!

寺川: 私が治療を始めたのは北京五輪に出られなかった後、2009年からです。薬を使ってみると、トレーニングが楽になりました。今となっては早く治療しておいた方が良かったと感じています。

二宮: 2012年のロンドン五輪では代表を勝ち取り、100メートル背泳ぎと400メートルメドレーリレーで銅メダルに輝きました。適切な治療がメダルにつながったというわけですね。

金子: 喘息症状を我慢せず、適切な治療を受けて症状をコントロールすることで本来の力が出せます。また、アスリートの方は喘息治療に関連してドーピングを心配されるかもしれませんが、専門医の指導の下でルールを守れば問題ありません。そういう認識をもっと広めないといけないでしょうね。だからこそ寺川さんの経験談が役立つはずです。

寺川綾さん
元競泳選手(ミズノスイムチーム)
ミズノ株式会社 ミズノスイムチームアシスタントコーチ。大阪府生まれ。喘息治療のため、3歳から水泳を始め、大学2年時には2004年アテネ五輪に出場。200メートル背泳ぎで8位入賞を果たす。08年北京五輪の出場は逃したものの、09、10年は日本選手権で背泳ぎ3冠を達成。11年の世界選手権では50メートル背泳ぎで銀メダルを獲得した。翌年ロンドン五輪では 100メートル背泳ぎで銅メダルに輝き、400メートルメドレーリレーでは、第1泳者として銅メダル獲得に貢献。13年の世界選手権では50、100メートル背泳ぎの2種目で銅メダルに輝いた。同年12月に競技生活からの“卒業”を表明。14年に第1子を出産。競技解説などで活躍している。

金子 猛先生
横浜市立大学大学院医学研究科 呼吸器病学 主任教授
1986年、山形大学医学部卒。88年、横浜市立大学大学院医学研究科内科学第一専攻。92年、米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校心臓血管研究所(CVRI)に留学。2001年、横浜市立大学医学部第一内科講師。05年、同准教授兼横浜市立大学附属病院呼吸器内科初代部長。06年、横浜市立大学附属市民総合医療センター呼吸器内科教授。07年から12年まで同副病院長を兼務。14年より現職。

二宮 清純
愛媛県出身。幼い頃から喘息に悩まされる。スポーツジャーナリストとして五輪、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開中。著書に『スポーツ名勝負物語』、『最強のプロ野球論』、『プロ野球の一流たち』、『天才たちのプロ野球』(以上、講談社)、『勝者の組織改革』、『勝者の思考法』(以上、PHP新書)、『プロ野球の職人たち』(光文社新書)、『プロ野球「衝撃の昭和史」』(文春新書)、『プロ野球 名人たちの証言』(講談社現代新書)、『プロ野球の名脇役』(光文社新書)。最新刊は『最強の広島カープ論』(廣済堂新書)。
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